本校の概要
本校は昭和22年4月1日に六三制教育制度により、小松市立板津中学校として設置される。
校名は旧能美郡板津村を校下としていることからつけられたものである。
昭和25年に島田町(現在の美原町)に校舎がつくられたが、
昭和37年3月に丸内中学校との統合のため閉校となる。
昭和59年4月に丸内中学校より分離独立し、
荒屋小学校、犬丸小学校、能美小学校を校区とし、
現在地(松梨町)に再度、小松市立板津中学校として設置されたものである。
旧板津中学校 校旗・校舎
現板津中学校 校旗・校舎
「若き力の像」の碑文
「昭和37年板津、安宅、丸之内の3中学校は統合され38年より
ここを校舎にする。このとき旧板津中学生徒会が中心になり同
窓会、PTA建設委員会ともに力を合わせ、その光輝ある伝統を
長く残さんと「若き力」の像を建つ。」
高さ約3メートル
ポーズは板津中学の伝統ある体操を表したものです。
モデルはその当時の体操選手「曽田 富士雄さん」、
作者は、金沢美術工芸大学教授の「矩幸成(かねこうせい)さん」。
1999年航空写真
屋上より白山を望む
教育目標・教育方針
沿革史
23年度・生徒数・教職員数
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